2009年10月24日 (土)

原家族と価値観が違うとき

最近、アダルトチャイルドに関する本を読んでいる。
その本は具体的なワークが載っているので
良いなと思っている。

それで、具体的に自分の今までの思考パターンを
違うものと置き換えるという作業の項目があったので
今日はそれを少しやってみた。

今までの自分の思考パターンの一つとして
「父母が私のことを重要視しない」
というのが浮かび上がってきた。
私は、このことに傷つき、人間関係を作るにあたって
トラウマになっていたということに気付いた。
この言葉の周辺をぐるぐる回っていて
ようやく核心のところに来たような気がした。

私の実家はとにかく祖父がワンマンで
その台風に巻き込まれないように
息を止めて生活するような雰囲気のうちだった。
私はそれが凄く嫌で、我慢してはキレて、我慢してはキレて
の繰り返しだった。
祖父に対してキレていたので、祖父も私に逆上し、
その時の家庭内の雰囲気はトゲトゲしていた。
他の家族メンバー(祖父以外)も何度かキレているが
考えてみると、他の家族メンバーがキレていたのは
私に対してだけだったと思う。
(祖父に対しては大事になるのでキレず、
不満をたまにぶつけざるを得なかった私に
言いやすいので矛先が向いたのだと思う)

私の父母は、とにかく家庭に波風をおこしたくない
ということを最も重要なこととして考えていることのように感じた。
私は、自分の家がとても居心地が悪いので
つい不満が爆発してしまう。
父母はそんな私の話をなかったことのように流した。
今もなお同じように話を流される。
(妹に関してはそうではない)
波風を本当に立てたくなかったのだな。
だから私を無視したのだな。

それを考えて、ハタ、と気付いた。
私と父母の価値観が全然違う、かも。
そこが軋轢を生んでいたのかも…。
父母の思う「いいこと」と
私の思う「いいこと」が違うんだ。
私は自分の思う「いいこと」を家で貫こうとして
失敗したのだなぁ。
私は自分の思うことが絶対正しいと思っていた。
こんな緊張する家で楽しいわけがない!
みんなもそう思っているはず…と思っていた。
そして、それを表現することは正しいことだと思っていた。
でも、違ったんだなぁ。
それより、波風を立てずに暮らしていくことの方が
両親にとっては大切だったのだ。

それが両親を尊重してないということなのか。
過去にカウンセラーの先生に言われたことを
思い出した。

でも、それは両親の考えに合わせて自分を殺すということでは
きっと、ない。

自分のここちよさ、真実があるように、
両親にも、両親なりのここちよさ、真実があるのだ。

両親を尊重、できたら、はじめてみたい。
失敗したり、やっぱり両親を許せなかったら
また考えよう…。

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2009年10月14日 (水)

静かに

静かに妊娠し、静かに流れてしまったようです。
昨日は出てきた胎嚢をお墓に埋めて
お線香をあげてきました。

妊娠がわかった時はうれしかった。
胎嚢が見えて、出血してても
少しでも大きくなっているって
聞いた時は何かうれしかった。

胎嚢が出てきた時は悲しかった。
でも、その時の衝撃はずっと覚えている訳ではなく
ご飯を食べたりしている時とか
何かしている時は忘れていたりする。
だけど普通にしていると
何の前触れもなしに涙が出てくる。

何で泣いているのかな?と考えたけど
よくわからなかった。

正直言って、妊娠したってわかった時も
何でうれしいのかわからなかった。

でも、それが命というものなのかもしれない。

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2009年10月11日 (日)

ドキドキな日々

9月28日くらいに妊娠検査薬を試したら
陽性が出た。
まぁびっくり!

妊娠したとわかっていても
今まで普段と変わらない生活を続けていたら
ここ何日かうっすーく出血が…。
ネットで調べてみる。
流産の兆候とか書いてあったり…。
正直、凄くびびってしまった。

すごくゆっくり歩いて病院へ。
まぁこれくらいなら大丈夫とは思うけど
出血している間はなるべく
無駄な動きはしない様に。
ウィンドーショッピングとかやめてね!
と先生に言われてしまった…。
見てる?私の日常…。

で、ここ何日かゆーっくりゆっくり
動いています。
ゆっくり歩いていたり
椅子に座りながら家事とか時間をかけてやっていると
なんか障害者の人の気持ちってこんなかな?とわかる様な…。
私は普段以外とせっかちで
ゆっくり何かをしたことがわりと無かったんだな
ということに気付いた。

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2009年9月18日 (金)

ヒント

この直前のブログで書いた
「認められない弱さ」の内容の中の
自分の芯について考えていたら
山田ズーニーさんのこんな文章を見つけた。

ヒントというか、
もう一つの答えが書かれているなと思った。

「本心に気付くことは何故自信につながるのか」

本心に気付くこと
この言葉を見た時に、なにかこう腑に落ちた。

考えてみると
私は自分の気持ちがわからなくて
ずっと東奔西走してきたなと思った。

私は本心から無意識に
目をそらしていることが多いようで、
自分の気持ちがわからないことが多々ある。
多分本心を悪いイメージに
仕立て上げているからなのだろうな。

でも、そのねじれを解いて、自分の本心に気付きたいから
きっと私は今まで、文章にまとめてきたのだな
と感じた。

あと、(以下引用)

そして考えるまでもなく、これからすべきこと、
つまり、
身辺に一大事が起こったとき、
卑屈にならず、依存もせず、
でも自分は強いという幻想にもとらわれず、
外に対して「ちゃんと話す」、
ということが見えてきた。(以上引用)

というところは、
私もそんな風になれたらいいなと
思って読んだ。

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2009年9月15日 (火)

認められない弱さ

精神医学の本を読んでいて
心気障害というのが出てきた。
それを読んで、あー、私はこれだな、と思った。
手がしびれたりすると脳梗塞なのか?とか
すぐ思うのだ。
そこにすごい囚われてしまう。
(ちなみに何回か調べてもらったが異常はなかった)
夜も不安でなかなか寝付けなかったりする。
結構いつもそうだ。

不安とともに生きればいいとか
不安も受け入れなくてはみたいなことを
前、ここにも書いた気がするけれど
そうはいってもやはり
なかなか私は受け入れられないのだ。

何が不安なのだろう?と考えた時に
ふと、私は弱いって思われたくないのではないか?
と思った。
強くなければいかん!って
ずっと、ずーっと思ってきた。
意識的にじゃない、無意識にだ。

自分の実家で私は馬鹿にされる
恰好の標的だったので、それに負けたくなかった。
学生時代も部活でよくそのことを考えていた。
社会人になってからも標的にしてくる人が
少なからずいたので、
強く見せることを目標に頑張ってきた。
でも、疲れてしまった。

今は外で働いていない。
でも、やっぱり強くなくては!
という緊張感が私の心を占拠している。
強くなかったら、また訳も分からず傷つけられて
やられてしまうと感じている。

強く見せようとするのは、弱いからだ。

弱さを見せてもぶれない芯が
私には足りないのではないか、と思う。
欲しい。
どうやって手に入れるのか
わからないけれども。

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2009年8月26日 (水)

秋の予感、8月26日

ここ何日か、風が涼しくなった。
秋のにおいがしてきたかな?

今日は待望のガラスの仮面の単行本新刊が発売になったので
新刊と別冊花とゆめ(新刊の続きが読めるので)を
買いにいった。
朝5時頃コンビニに単行本の新刊の方は買いにいき
コンビニに売ってない、別冊…の方は
朝10時過ぎ、本屋の開店後すぐ買いにいった。
いくら夜更かししていても、ガラスの仮面のためなら
起きられるんだなぁ〜と思ったけど、
ちょっと無理していた。
そこまでしなくても、落ち着いて夕方くらいに
2冊を買いにいってもよかったんじゃ?と正直思っていたので
ちょっとその辺年齢を感じる…。
かつてはホントに無鉄砲な感じだったので。
ちょっとさみしいかな。

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2009年7月29日 (水)

7月もそろそろ終わり

暑かったり、雨が降ったり
そんな不安定な気候の最近ですね。
7月は通信の学校の集中授業があったり
レポート提出に追われて
なかなか忙しかったです。

私はそのうち仕事、というか社会に
復帰できるのか?と不安になりつつある
今日この頃です。

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2009年6月10日 (水)

ルーブル美術館展

今日は友達と上野の国立西洋美術館に
ルーブル美術館展を見に行った…のだけど。
平日なのに入館するのに80分待ち!
ディズニーランドか!ここは!
甘く見ていた…。

最終日が次の日曜だからなのかもしれないのだけれど。
平日なのでそんなめちゃ混みな可能性は全く考えず
美術館でトイレに行こうと思っていた私は
1時間半トイレを我慢するハメになってしまった…。
中にも入場制限しつつ入れていたのだが
ものすごく人が多くて
じっくり絵は見られませんでした…。

疲れ果てましたが、
それでも複製じゃない、本当の絵というのは
それだけで存在感があるというか
印刷したものとは全然違うなぁ、と思った。
3、400年前の絵なのに何か生々しく感じた。
抑えた生々しさ…という感じがした。

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2009年6月 4日 (木)

早起きは多分3文の得

4月に仕事を辞めて無職&(主婦)生活をしつつ
はや2か月経とうとしている。
昔から思ってたけど、
どうも自分は夜型だ。
夜型になってしまう。

早起きしたいんだけど、起きるとどうしても
昼近くか昼…。
行動を始める時間も遅いし
いつも夜遅くになって後悔する。
早い時間に起きた方が多分良いのだと思うんだけど。

早起きモードに戻そうとして
早く目覚ましをかけても頭がふらふらして
どうしても起きれない。
早起きを取り戻そう作戦は今日も失敗に終わった。

う〜ん…。
少しづつ起きる時間を早めていくしかないか…?

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2009年4月18日 (土)

チューリップ

最近ウォーキングをする為に出向いている公園に
チューリップ畑があって
色別に咲いていて
私を和ませてくれる。

何日か歩いていて、最初は、赤、黄色の順番で
チューリップ畑があって、
普通にちょうどきれいな時期なんだな、とか
思っていた。

3日目に赤いチューリップの花壇の前に
まだ何色か分からない蕾ばっかりある
チューリップ畑があることに気がついた。
チューリップであろう形はしているのだけれど
全部真緑の状態だった。
色が無いので今まで目にとまらなかったのだった。

今日。
いつものように公園に入って
花壇にさしかかると、
真緑だった花壇のチューリップの蕾が
結構一斉にピンク色になって来ていた。
びっくりした。
昨日まで真緑だったじゃないか。
私は知らなかったけれど
水面下で着々と奴らは成長していたのだ。

こんな風に表面化する時は
結構突然なのかもな、と思った。
突然に見えることでも
結構中では着々と動いているんだ。

きれいな色になるであろうチューリップの
色づきに、ちょっと心動かされた今日でした。

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2009年4月17日 (金)

ストレス解消

会社を辞めてから、毎日ウォーキングしてます。
初日は張り切って2時間歩いたら
運動不足の身にはさすがに堪えたので
1時間くらいで帰って来れるコースを見つけ
歩くことにした。

ただ歩くだけなんだけど
歩くだけなのに結構色んなことが
すこしづつ変わっている様な気がする。

まず、ここ最近自分の身体面に
全く自信がなかった。
ちょっと走ったりするのも不安で
私はこのまま倒れてしまうのではないか…
と日々がストレスになっていた。
でも、歩き始めてから
自分の中に、体力面でほのかな自信が
芽生えているのが分かった。
日々の生活で歩き回って、不安を覚えそうになっても
「でも、私は毎日歩いているから大丈夫だ」
と思えるようになった。

ずっと、なにかしら運動したいと思っていた。

ウォーキングを始めてから
今までたらふく食べていたお菓子をあんまり食べなくなった。
旦那にこの話をしたら
食べるところで解消していたストレスが
ウォーキングで解消されているんじゃないの?
と言われた。

なるほど…と思ったけど
なんとなくピンと来なかった。
ストレス解消とは、もっと趣味とか
楽しいことでするものではないのか…?
と日頃、結構無趣味な私は思っていたのだ。

遊ぶ=ストレス解消
という公式が心のどこかで根付いていた。

運動とかはどちらかと言うと
私にとっては身体を鍛えるというイメージで
決して楽しいとは思っていなかったので
ストレス解消しているのだ
という考えは私を驚かせた。

運動をして、野菜をしっかり食べて、
自分のしたい勉強をして…というのは
私の中では決して
趣味的に楽しい感じではないイメージだったけど
心がそう欲していることを
自分が叶えてあげることは
ストレス解消に繋がるのだ、と感じて
目から鱗が落ちたようだった。

特にカラオケとか行ったりしなくても
自分のエネルギーを自分の欲求にそって
うまく生活の中で昇華させていくのもまた
ストレス解消なのだ、と思った。

自分の中では新たな発見だった。

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2009年4月15日 (水)

パーマ

ひとまず会社を辞めたので、
かねてから念願だったパーマをかけた。
いや、ずっとパーマヘアだったんだけど
派手にかけられなかったのだ。
上から下までぐりぐりパーマをかけた。

美容院で出来上がった頭を見て、
美容院終わった後の店のショーウインドウに
写った自分の頭を見たら
なんか、こう
しっくりきた。

最近、自分の外見のことをよく考えていたのだけれども
この髪型は私の顔になんだか合っている気がした。

最近、自分の顔はなんかこう
「渋い」顔だと思っていた。
中年男性の渋くてステキ!とか
そういう「渋い」ニュアンスとはまた違うんだけど。
渋みのある顔というのか。
えぐみのある顔、というのか。

パーマをかけたことで
売れない自称芸術家という感じになった。
見るからに風変わりな感じ、というか…。

でも、それが自分を表している様な気がして
妙に堂々と立っていられる様な気持ちになった。

昔、同じ会社だった先輩が
30過ぎたら自分がどう見られているかとか
自分の外見には責任を持たないと
と言っていたのを思い出した。

今まで私は自分が客観的にどう見られているか
実感がわいていなかった。
風変わりに見られることが、何か怖かったし
そう見られたくなかった。

今日ガラスに映った自分は
いかにも風変わりな人だった。
でも、なんかすっきりした。

風変わりに見られないようにびくびくするよりも
風変わりに見られた後で人とどう接していくかを
考える方が重要なのかもしれないな、と思った。

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2009年3月23日 (月)

4月まで

4月で今の会社を辞めるのだが
2009年が始まって、3月も終わりに近づき
あれ、もう4月!?っていう感じだ。

2009年、もう3分の1が終わってしまうではないか…。

最近、2009年に入ってからの3ヶ月間無駄にしたな、と強く思う。

いや、多分、実際は無駄ではないのだと思う。
働いていたおかげで収入もある訳だし
家にも住める訳だし。

辞める話し合いも難航したし、
職場の周りの人間関係の今までの膿も
いろいろ重なってでる様な感じになって
なんだか大変だったけれど
会社の反応や、周囲の反応や
自分がどういうふうに見られていたかが
わかって良かった…よかったじゃないか!
と思うんだけれど。

不本意な場所に長くいてはいけないな
と何か思った次第でございます。

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2009年3月20日 (金)

女は作られるもの

女らしさというものについて
昔からなんとなく考えるところがあった。
私は女性だが、女らしいか?といわれれば
そうでもないように思う。

私が今から述べる女らしさは
服装についてが主です。

自分は属性で言えば女だ。
女らしくしなくたって女という個性を自分はもっていて
それは変えようがないじゃないか、と思う。

小さな頃は私は青い服を着せられることが多かった。
赤やピンクの服が私に似合わなかったからのか
親の趣味なのかは分からないけど。
妹は赤系の服を選ばれることが多かったので
やっぱりキャラクターに合わせて色を選んでいたのだろうと思う。
私も、自分自身では赤やピンクを選ぶことは
まずなかった。
でも、大きくなってから、何で私は
赤やピンクの服を着なかったのかな?と
思うようになった。

昔から、もし自分に子供ができたら
自分の考えを強制的に押し付けるのは
絶対しないようにしよう…と
頭の中で思っていた。
私がもし、テレビアニメとかのキャラクターの服とか
子供に着せたくなくても、
もし子供がそれを着たがったら
私はそれを子供に着せようと決めていた。

コムサの服とかを子供に着せて
歩かせてる親とか見ると、個人的には
親の嗜好を子供に当てはめてるだけじゃん
と思ってあんまり好きじゃなかった。

でも、この前旦那と話していて
女らしさは作られていくものだもんな
という言葉を聞いたとき
なんだか改めて腑に落ちた感じがした。

女らしいというのを選択していくのは
個人の好みだと思った。
小さい頃、女らしい服装をさせても、させなくても
結局自分の好みで好きな格好を選ぶように
なるだろう。

私の考えはガチガチに固まっていたのだなと思った。

私がこういう性格になったのは
親が自分の好きなものを選ばせてくれなかったせいだ
親が親の考えを私に押し付けていたせいだ
とだいぶ親に対して恨み節を
癖のようにきかせていたのだな、と思った。

だから、私はもし子供が自分の趣味とは合わない
テレビのキャラクターの服を着たいと言ってきたら
自分の気持ちを抑えて着させようと思う。と
思っていたのだな。

必ずしもそうでなくてもいいんだ、きっと。

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2009年2月27日 (金)

雪が降ってる!
結構大粒のが。
去年から今年にかけてで初めて見たかも。

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2009年2月 6日 (金)

静かにやり過ごす

最近、ものごとがすぐ進まないことが多い。
退職の話や、職場の人間関係についてのこととか…。

問題があって、自分でおかしいと思っても
すぐ解決策が出なくて、
それがベストかどうかも判断ができず
長い期間考えざるを得ないことが
何故か多い…ので
じたばたしすぎず
静かにやり過ごすことにしている…というか
そうせざるを得ない。

こういうこともあるのだな〜。

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2009年1月28日 (水)

1月28日

今日はぼーっとしてたな〜1日中…。
気持ち的にもふわふわしてて
緊張感が持てないというか
おさまりがわるいというのか…。

仕事中は何回も鉄の什器棚を下に落として
「申し訳ありません」と言っていた。
車が来てても、いける!と思って
自転車で道を横断したり。

うーん気をつけなくては…。

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2009年1月24日 (土)

ピアノの音

ピアノの音は水の音に似ているような気がする。
なんか落ち着くのだよなぁ。
音楽にピアノの部分があるとつい聞き入ってしまう…。

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2009年1月21日 (水)

33

日が過ぎてしまいましたが33になりました。
友だちからのメールがとてもうれしかった。
メールをくれたみなさん、ありがとう。
そしてハンバーグを家で作って食べました。
ケーキも買って来てもらい食べました。
旦那よ、ありがとう。

今日はひとり休日を何駅か先のドトールに行って
考えながら過ごしました。

昼間は母親と電話で話し、
押しが強くきついところもあるけど
前より少しは距離がとれるようになったような
気がする、と感じました。

ドトールで会社でのことと、母親のことを思い出していました。
私には会社のことを馬鹿にする傾向が
知らず知らずのうちにあって
会社と距離のとれない私は
会社の言うとおりにやらなくてはいけないし、
そう思わなくてはいけないと思っていました。
そこで、距離のうまくとれない私は
なんとか距離をとりたくて
会社を否定する口実を必死に見つけていました。
でも、そこまで極端にならなくても
会社は会社でいいのではないか?(とはまだ思えませんが)
でも、自分は会社が言うようにはできないし
会社の言うことには賛同できない。
でも、そのやり方を否定しなくてもいいのではないか?
(今はしてしまうけど)と思いました。
それがカウンセラーの人が昔言っていた
人を尊重するということなのかな、と。
繋がったような気がしました。

母親に対しても、距離がうまくとれなくて
そのやり方をいつも否定するような形でしか
接することができなかったけど
母親の考え方はそれでいいけど、
私とは違うということが
身をもってわかっていなかったし
だから伝えることもできなかったのだなぁと思いました。

その考えに行き着いたのは私にとっては
うれしい出来事でした。

でも、家に戻って来てからは明日の仕事のことを考えて
また不安定に。
どうしようもなくて占いをまたはしごしていました…。

こんな何だか渦中の33歳の幕開けでした。
それでもなんとか今年も生きていけたらと思います。

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2009年1月17日 (土)

お母さんとの関係

昨日、母親から携帯に着信履歴が残っていたので
仕事が終わった後かけ直してみた。

荷物を送るから。
という内容だった。

近況を話していたら、母親は途端に
それは大丈夫なのか?と不安を示して来た。
私と旦那は割と生活が安定しない感じなので
安定を第一に考える母親は
私の話を聞いて不安に感じたらしい。
あまりにも不安を訴えるので
大丈夫だよ、と応えていたが
電話を切った後、こっちも不安に伝染した。

正社員とかそういうワードに弱い母。
私が今まで中途半端な状態を親に曝せなかったのは
母親の不安が自分に伝染するのを防ぐ為だったのかもしれないな
と思った。

旦那が読んでいる本に
お前が心配なんだよ(お前の為に心配している)というのは
結局それを言っている人が不安なだけなんだ
というようなことが書いてあったのを思い出した。
必死で私は私に伝染している母親の「心配」を
母親個人の感情として変換しようとした。

ふっと私が実家から離れた意味を思った。
実家にいる時は母親の不安がそのまま自分の不安になっていた。
自分が独身で実家から籍を抜く前も
私は結局実家にずっと支配されていたような気がする。

でも、なんとなく母親ってそういう人なんだ
と客観的に昔より見られるようになったと
これらのことがあって気付いた。

今まで自分の家族が重荷で離れないとやっていけないと
思っていたから自分から家族からは離れて来た。
どんどん縁が薄くなってついには孤独なのか…
と最近感じていたのだった。
しかし、今までずっと離れていたことは
逆に私自身がまともに母親と接するための
第一歩だったのかもしれないと思った。

不思議な気持ちになった。

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